再び 太管、中細管、細管

 

 欧米では

 「太管」「細管」といふことは、アメリカやヨーロッパでは、あまり言はれてゐないやうに思ふ。もし欧米で樂器そのものが「ラージボア」「ミディアムボア」「スモールボア」と區別されるとしたら、自社の他のモデルと比較したり、また他のメーカーのモデルと比較しての「ラージ」「スモール」といふ表現である。それはあくまでスペック上の相對的表現であって、日本でなんとなく浸透してしまった「太管」「細管」といふ絶對的であるかのようなランク付けや概念ではないやうに思はれる。

 一方、マウスパイプのレシーバーについては、ラージシャンク、ミディアムシャンク(ユーフォニアムシャンクとか色々な呼名がある)、スモールシャンクといふ分け方をして、カタログにも表記してゐることが多い。マウスピースのシャンクが合ふか合はないかが判るやうにして置かないと、あとでクレームが來る譯で、シャンクサイズの表記は、それに對處してゐるに過ぎないやうに思はれる。とは言へ、それらの區別も、實はメーカーによっては曖昧であり、相對的區分の域を出てゐないと思ふ。

 

 我が國の「太管」「細管」

 殘念ながら我が國では、「太管」「細管」といふと、スペック上の概念として、まともに採り上げられることが、殆どない。むしろ、樂器の價値としての絶對的な趣が強いやうに感じることが多い。

 例へば、使ってゐる樂器が「太管」であるか「細管」であるかによって、奏者のレヴェルの高低に關るものとして認識されてしまひ易いといふことが擧げられる。「先輩なので太管を使った方がいいですよね」「やはり買ふなら、将來も考へて、太管の方がいいですよね」等の話が出て來るといふことは、まさにその概念が我々にあることを示してゐるのではないだらうか。

 また、「太管」「細管」といふ表現を、ボアやマウスパイプのレシーバのそれぞれのサイズとしてではなく、樂器全體のスペックとしたがる傾向もある。故に、マウスパイプのレシーバーの内径が太ければ、管全體も太い、マウスパイプのレシーバーの内径が細ければ、管全體も細いのだといふ勘違ひも起きてしまふのだ。ヤマハの621と321は、ボアサイズが一緒だが、マウスパイプのレシーバーの内径が違ふお陰で、樂器として「太管」「細管」とに分けられてしまふ事が多々あるのが現状である。621Sを購入して「やった〜、今日から太管だ〜」と喜んでゐたのが、ワタシの知り合ひにも一人ゐた。

 なぜ日本のユーフォニアムの世界において、「太管」「細管」といふ表現が、單なるスペックを表すに止まらず、あたかも「價値」を孕んでゐるかのやうに使はれてゐるのかを考へてみたいと思ふ。あくまで、ワタシの推論だが・・・・

 

 ヤマハとベッソン

 今からおよそ25年ほど前、兒童の増加によって吹奏樂部の數も増加していく傾向にあった。その現場で使はれてきた多くのユーフォニアムは、ヤマハの321や201であった。321S(銀メッキ)が国内の最高機種としてカタログに載って時代である。ヤマハのユーフォニアムについては、全てのモデルのボアサイズとマウスピースのシャンクサイズが一緒であった。一方、專門教育に進んだ人達の使ふ樂器の多くは、外国製のユーフォニアムであり、主にイギリスのベッソン(ブージー&ホークス)のものであった。このベッソンで使はれるマウスピースのシャンクは、ヤマハより太いものであった。樂器のボアサイズについては、前項をお讀み頂ければお判りの通り、ベッソンもヤマハもほぼ一緒だ。

 おそらくはここに

 初級者モデル  ヤマハ201
 中級者モデル  ヤマハ321,321S
 上級者モデル  ベッソン

 

といふ概念が出來上がってきたのであらう。そして、當時のヤマハのユーフォニアム(201,321)に比べて、ベッソンのユーフォニアムの方が、「艶のある豊かな音色」でもあったので、ボアサイズがほぼ一緒であるといふことをつきとめずに、マウスパイプのレシーバーが太いといふことをして、「管全體が太いのだ」(かつてはワタシもさう思ってゐた)といふイメージを膨らませて行ったのではないだらうか。かくて、「上級者は太管のユーフォニアムを使用する」といふ概念をも拡大させたものと思はれるのだ。

 今までのところを纏めると

 初級者モデル  ヤマハ201 細管レシーバー
 中級者モデル  ヤマハ321,321S 細管レシーバー
 上級者モデル  ベッソン 太管レシーバー

 

となる。つまり、當時は、一般的には「ヤマハ」か「ベッソン」の2つしか、選擇の機會がなく、「太管」「細管」といふのも、その中で出來上がってきた概念だと思はれるのである。かうして、ヤマハは「細管」であり、ベッソンは「太管」であるといふ區別が、これらの樂器の場合、マウスパイプのレシーバーの内径の比較に對して使はれるべき處を、樂器の持つ性能としての意味合ひまでも含めて、浸透してしまったのではないか。他のメーカーのモデルは、入荷も限られてゐたので、アマテュアでこれらを使用する人は、ごく少數であった。

 日本におけるユーフォニアムの「太管」「細管」といふ區別の元には、樂器の構造や性能以前に、そのやうな時代的背景が大きく影響してゐると思はれるのである。

 昭和59年(1984年)になって、ヤマハから621Sが發賣された。マウスパイプのレシーバーが太く、第4ヴァルヴが左手で操作出來るやうに管を配置したモデルであった。鳴りも321Sよりも太く、てっきり、ボア全體を拡大したものだと思ってゐたが、主なボアサイズは321と一緒であった。かうなると、ユーフォニアムにおいても、「太管」「細管」といふ從來の區別では、もう収まらなくなった。その後、各國各社から樣々なモデルが開發され、また既存のモデルも大きく改良され、實に多くの選擇が出來るやうになったので、最早「太管」「細管」といふ概念を、樂器の價値の比較として持ち出すのは「ナンセンス」な筈なのだが、未だに信奉されてゐるのが現状のやうであると言はざるを得ない。

 

 我が國の現状

 ついでだが、現代の各モデルのランクづけといふのがあるさうで、がっくりしてゐる。

 初級者モデル  ヤマハ201,321
 中級者モデル  ヤマハ621,ヤマハ641,ベッソン968
 上級者モデル  ヤマハ642,ベッソン967
 最上級者モデル  ヤマハ842,ウィルソン,ベッソン・プレスティージュ

 

 ベルやボアの大きな樂器を吹きこなすのが、上級者の条件であるかのやうにランク付けされてゐることが判る。ワタシからすると、かうしたランク付けから使ふ樂器を判斷する、また判斷させることは、演奏する立場として、何かを見失ってゐるやうに思へてならないが、まぁ、ともかくはこのやうなことになってゐるさうだ。

 恐らくトランペット、ホルン、トロンボーン、テューバ奏者からすれば、「まだそんなこと信じてゐるのか」といふ世界だらう。「日本の皆さんは、身體が小さいのに、なぜそんなに無理して大きな樂器を吹きたがるのか。大きな樂器を吹きこなすことよりも、もっと音樂そのものに時間をかけるべきだ」、トロンボーン奏者のスローカー氏がさう指摘したのは、もう20年も前のことだ。

 ユーフォニアムの「太管信仰」は未だ根強いと言はざるを得ない。


1. このヤマハとベッソンとのもたらした「價値」は、「コンペンセイティング・システム」「銀メッキ」についても同樣のことが言へると思ふ。「上級者=コンペのユーフォを使ふ」「上級者=銀メッキ」といふ風に。

2. 欧米でこのやうな混同がないのは、特にサイズの統一を図ってゐなかった爲であらう。アメリカはマウスパイプのレシーバー内径の統一化に取り組み、所謂「ラージシャンク」「スモールシャンク」のマウスピースのサイズが固まりつつある。ヨーロッパもアメリカの仕樣に合はせる動きがあるが、各メーカーの響きやデザインを重んじてゐるメーカーも多く、必ずしも採用されてゐる譯ではない。



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Hidekazu Okayama