鼎談:サクソルンバス その1

 

 フランスはパリ音楽院にてサクソルンバスを学んだ山田伊津美さんに、現代フランスのサクソルンバス事情と、コルトワ新モデル「DUKE」についてお話しを伺った。管楽器店ダクのご協力を得、午後から閉店まで、延々4時間半に渡って繰り広げられたサクソルン談義の模様を掲載したい。

日 時: 平成18年2月22日

渡仏中の一コマ

ゲスト: 山田 伊津美さん(相愛大学講師、サクソルンバス・ユーフォニアム奏者)
聞き手: 岡山 英一(PROJECT EUPHONIUM 代表)
取材協力: 管楽器店ダク
 
山田 伊津美さんプロフィール

1978年生まれ。

2001年愛知県立芸術大学を首席で卒業。中村桃子賞、桑原賞受賞、卒業演奏会出演。
同年、フランス国立パリ国立高等音楽院(CNSM)に入学。

2004年に同音楽院の室内楽科を最優秀で、また2005年にはサクソルンバス、ユーフォニアム科を審査員全員一致の最優秀にて卒業。
また、2004年にパリ近郊で開催されたUFAM国際コンクールユーフォニアム部門にて、審査員全員一致の1等賞受賞。

在仏中、バリチューバ四重奏団“IMPETUO”のメンバーとして、フランス国内でのコンサート及びゲント(ベルギー)にて開催されたTIME FESTIVALにおいて、作曲家DOMINIQUE  PAWELSの新作初演に参加。また同作品の録音にも参加。

これまで、ユーフォニアム、サクソルンバスを庄田純一、露木薫、安元弘行、Philippe FRITSCH, Herve BRISSE, Jean Luc PETITPREZ, 室内楽を安元弘行、中川良平、Jens MACMANAMA, セルパンをMichel GODARDの各氏に師事。

2006年4月より相愛大学音楽学部非常勤講師。

 

 SAXHORN BASSE 事情
 
岡 山  私は、以前に、「ギャルドもユーフォニアムを使いはじめた」という記事を「徒然草」に書きました。それからずっと気になっていたのですが、フランスでは、今もサクソルンバスを使っているのでしょうか。
山 田  従来のサクソルンバス(以下バス)がいいと思っている人もいれば、ユーフォニアムで演奏する方が格好いいと思っている人もいるので、人それぞれなところがあると思います。ただ、ギャルド音楽隊では今もバスとユーフォニアムを使い分けていますし、空軍の音楽隊もバスを使っています。
岡 山  バスということは、音楽大学ではテューバと同じクラスになるのでしょうか?
山 田  いえ、以前はそうだったようですが、パリ音楽院の場合は「テューバ科」と「バス・ユーフォニアム科」とに分かれています。「バス・ユーフォニアム科」の受験者は、バスでもユーフォニアムでも、どちらで受験しても良いのですが、入学したら、どちらも修得しなくてはなりません。
岡 山  アマテュアの吹奏楽団はフランスにもあるのですか?
山 田  はい、規模は大小さまざまですが、あちこちにあります。日本とは違って、おじいちゃんがお孫さんくらいの子供に吹き方を教えたりして、とてもほのぼのとしている楽団が多いです。お祭りとか結婚式とかの宗教行事で演奏することも多いですから。
岡 山  そういうところでは、バスが使われるのですか? ユーフォニアムが使われるのですか?
山 田  どちらも使われていますね。その楽団の備品と自分の好みによるようです。
岡 山  サクソルンバスというと、日本では、「ユーフォニアムの前身」という風に捉えられて、「一昔前の廃れた楽器」という印象を持っている人も多いのではないかと思いますが…
山 田  フランスでもそうした風潮に危機を感じる人がいまして、ユーフォニアムが好まれる一方で、教授や学生を中心に、バスをもっとアピールして行こうとする動きもあります。バスを演奏できるのは我々フランス人しかいない、という誇りをどこかで持っているのでしょうね。そしてその良さを知って貰いたい、と。
岡 山  そうだったのですか。パリ音楽院が、バスとユーフォニアムの両方を修得させるというのも、やはり伝統を絶やさずに次の世代へ繋げて行かなければならない、という使命を抱いているからなのでしょうね。
 
 バスが使われなくなってきた理由
 
岡 山  ちょっと話は戻りますが、フランスでもバスではなくユーフォニアムを好む人がいる理由というのはどのようなことなのでしょう。
山 田  ユーフォニアムが使われるようになってきた原因として考えられるのは、バスは他の楽器と運指が異なっているということです。普通に大学で使われるバス(コルトワ製5ヴァルヴ)は、第3ヴァルヴが他の楽器(ユーフォニアムを含む)より半音低いですから、特殊な運指を強いられてしまいます。
岡 山  頭ではわかりますけれど、実際に曲を奏でるには、それも高度な技巧を要する曲となれば、体得するのは大変そうですね。
山 田  最初からバスのみを演奏してきていれば、なんということはないのでしょうけれど… 他の楽器やユーフォニアムから始めた人にしてみれば、いまさらそんな苦労しなくても、という思いの方が先に立ってしまい、取っつきにくいという印象を持たれてしまうと思います。これは仕方ないですよね。私も入学当初は学校の5ヴァルヴの楽器を借りて、大変苦労しました(笑)。
岡 山  なるほど、運指という切羽詰まった問題があるのですね。

 一方、これは私見にすぎないのですが、一つは、ヨーロッパ連合の実現あたりから、ヨーロッパ内の奏者の交流が多くなったことが関係していると思います。各国で国際セミナーが開かれ、参加者は各国独特の楽器(ユーフォニアム、サクソルンバス、ドイツ式バリトンなど)を持ちよっていますね。そうした中で、特にユーフォニアムのソロ奏者(筆頭はブライアン・ボーマンとスティーヴン・ミードだと思いますが)がドイツやフランスでコンサートや公開レッスンを積極的に行ったり、CDを立て続けにEU件で大々的に発売した結果、これまでユーフォニアムを使わなかった国でもユーフォニアムの良さを知る機会が増えたということはないでしょうか。

 もう一つ考えられるのは、EU統合によって各国の工業製品の経済的統合が行われて、楽器製造技術のやりとりも活発になり、これまで良質のユーフォニアムを作れなかった国も、OEMによって自社ブランドのモデルを作れるようになったことが関係しているのではないでしょうか。

 このあたりに「ユーフォニアムの宣伝戦略」があったと思うのですが、どうなのでしょう。

山 田  そういうこともあるかもしれませんが、はっきりとはわかりません。パリ音楽院のフィリップ・フリッチュ教授(Philippe Fritsch)らフランスのバス奏者も、世界中のクリニックやセミナーなどに出向いていますが… それでバスを吹きたくなった人が増えたのかどうかは、わかりません。バスのCDもあるのですが、一般には流通していないので…
 
 新しい楽器の開発
 
岡 山  それにしても、ただでさえユーフォニアムやバスを演奏する人が少ないのに、バスの運指が特殊だということになると、バスはますます肩身が狭くなりそうですね。第5ヴァルヴは残しておいて、運指を他の楽器と同じにするだけでも、少し状況が変わると思いますが、いかがでしょう。

山田さん所有のコルトワの新モデル 366「DUKE」サテンラッカー仕上げ(仕上げは各種あるとのこと)
コンペンセイティングヴァルヴは、ドイツ最大手のWENZEL MEINLのパーツが使われている
(左記サイトの画像には、366のプロトタイプを構えたフリッチェ氏の隣に、ゲアハルト・マインル氏の姿がある)

山 田  フランス人は、一見明るく、陽気で、軽くて、あまり小さいことを気にしないようですが、意外と伝統的なことには頑固な面がありますので、どんなものでしょうか(笑)。フリッチュ教授らのアイデアでコルトワで製造されたコンペンセイティングのバスは、正にそうした取っつきにくさを乗越える意図で作られています。
岡 山  えっ、この楽器はバス奏者のために作られたのではないのですか?
山 田  今回のコルトワの新モデルは、確かにバス奏者のことを考えて改良された部分もあります。以前に岡山さんが徒然草に書かれたとおり、トリガーを付けたり、腿に楽器を置いてもマウスパイプが口元まで伸びるように設計されていたりとか… でも、ヴァルヴをコンペンセイティングにして、運指をユーフォニアムと同じにしたというのは、バスを吹いたことのないユーフォニアム奏者にもバスの良さを知って貰いたい、それにはユーフォニアム奏者が取っつきやすいモデルが必要だと考えたわけです。

 製作過程の詳しい情報は、こちらのサイトにあります。
Saxhorn-Euphonium-Tuba
TOP>Organologie>Naissance d'un instrument

岡 山  それは面白いですね。バスにコンペンセイティングがついたと聞くと、「ようやく進化したバス」という印象を持つ人が多いと思いますが、コンペンセイティングは「進化した姿」ではなく、あくまでバスを吹いて貰うための切掛けの一つに過ぎないということなのですね。
山 田  そうですね。向こうに行ってビックリしたのですが、フランスの学生は、みんなペダルトーンをとても大きな音で吹いています。日本でああいう人は周りにいなかったですね。確かに日本人も低い音は出せるけれど、「使える」というレベルでは、彼らとは比較にならないです。バスのために書かれた曲は、低音域の複雑な動きが屡々出て来るのですが、彼らは第4ヴァルヴや第5ヴァルヴを駆使してそういうフレーズをスラスラと吹きます。ですから、フランスのバス奏者にとって特にコンペンセイティングシステムが求められていたということではないと思います。
岡 山  すると、コンペンセイティングのバスの開発意図は、「ユーフォニアム奏者はコンペ付の楽器でなければまともに吹けないだろう」というところなのでしょうか、それとも「ユーフォニアム奏者はコンペが付けばいい楽器だと思うだろう」というところなのでしょうか(笑)。
山 田  あはは、それはどうでしょう(笑)。まずは運指の取っつきやすさの問題でしょうね。


2006年4月2日作成


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Hidekazu Okayama