觀劇『ウィンズ・オブ・ゴッド』


 吹奏樂團の後輩が、高校の學園祭のクラス劇で、今井雅之さん原作の「ウィンズ・オブ・ゴッド」を上演いたしまして、觀に行ったことがありました。後輩本人が脚本を擔當したとのことで、いささか私も緊張して觀てをりました。戰爭に對する否定的な科白の部分は、自分達の戰爭に對する見方に繋がってゐると感じられてゐるのか、また映畫やテレビドラマなどで、さういった場面を見慣れてゐるせゐなのか、大變熱演でありました。しかし、特攻隊員が御國に命を捧げられたお氣持ちを表現することは、相當に難しかったやうで、どうもそこでトーンダウンしてしまふ感じが致しました。正に、危惧してゐたとほりでありました。

 この劇で感じられた、歴史に對して現在の高校生達が見逃してゐる重大な點。

・「御國」は、大義名分としか捉へられてゐない。從って、當時の若者達は、自分の愛する者達を守るために命を捧げたのであり、「御國の爲に」といふのは、當時はそのやうに言はねばならなかった、或は口先だけの言葉として發せられた、といふ解釋をしてゐるやう。

・「天皇」に關しては、まったく觸れられてゐない。一言だけ「御國の爲か? 天皇陛下の爲か? そんなものクソ食らえだ!」と吐き捨てられた科白のみ。恐らく原作者も、天皇に關しては、全く觸れられなかったと思はれる。

 特攻隊員を「かはいさう」とし、「彼らをかはいさうな目に遭はせた戰爭を引起した天皇や國家、財閥が惡い」と轉嫁してゐたのが私の世代でした。さう考へますと、今回の劇を通して、彼らが心の中で「當時の人があのやうに死ぬことが出來たといふのには、何かどうしても守りたいものがあったのではないか」といふ問ひかけを始めたとするならば、戰爭を嫌惡する尤もらしい概念にいい加減に飽きが來て、我國の歴史に何らかの肯定的な意味を見出そうとし始めてゐるといふことなのかも知れません。

 今回の劇でこのクラスは、最優秀賞はじめ三つの賞を総なめにしたさうで、脚本を擔當した本人はとても喜んでゐましたが、「戰爭について、特攻隊員について調べてみたが、自分のもの知らずに愕然とした、と手紙をよこしました。どうも、戰爭や特攻隊についての知識が、殆どなかったやうです。しかし、私だって「そんなことも知らないのか? もっと勉強せい」などと偉さうに言へる立場ではありません。本當に彼らが見失ってしまってゐる膽心な處とは、「天皇と國民の絆」「御國とは何か」といふ問題にまだ立入れない、といふ處だと思ふのです。それでも、光は少しづつ差込んで來てゐるやうな感じがします。私自身もさらなる精進をせねばなりません。

 以下は、恥づかしながらの腰折れですが、亞細亞大學の東中野研究室、比較文化研究會の歌集「銀杏」に投稿しました。ご參考までに。


 吹奏樂團の後輩が脚本せる『ウィンズ・オブ・ゴッド』といふ劇を觀て

特攻が主題なる劇やりたしと我に告ぐるは去年の秋なり
いかなりし劇にならむと思ひては心安まらぬこの一年は
教室に駆けつけてみれば延々と觀客列なし竝びてをりたり
笑顏にて迎へられしも我が心いよよ張りつめ昂まりてをり
キンタですマーちゃんですとの始りに思はず笑ひのこみあげて來ぬ
事故に遭ひ時を隔てて大戰下の特攻の人らとまみゆる二人は

 松島少尉
分隊長の命に從ひ御聖書を踏みても御國に殉じたまひぬ

 山本少尉
母君の訃報を知りて我よりも先に逝きしかとつぶやく泣かゆ
引留める兄貴に別れ告げたりぬ死は新しき生の始りと
この次に生るる時代は平和ならむと思ひてををしく散りたまひしか

 第二分隊、太田隊長
次々と散り行く部下を我一人見てはをれぬとふ分隊長はも
松島が出撃に際し手渡したと御聖書を取りてさするもいとほしく
俺は死んでも天國には行けぬなあとつぶやきたる姿に胸を打たれたるかな

 キンタ
特攻に志願した貴方を誇りにして生きていきますと戀人の言ふ
皆が死に自分のみ生くるは不公平と終戰の日に特攻に向ふ
御祖らの御命重ねてありし國と氣付きてその身を捧げたまひしか

 兄貴
次々と死に行く友にやり切れぬ思ひ噴出し必死で留めるも
家庭持ち子供の一人も作りては夢追ひかけよと叫ぶも空しき
何としても出撃すとふ友の思ひにつひには自ら出撃したりぬ

教室の片付けにいそしむ君を見て聲をかけずに歸らむとせぬ
はからずも高き聲にて我呼びつ階段を駆降る君を見るかな
お手紙を貰へむなれば嬉しきと言はれて我は嬉しく思ひぬ
君は何を傳へむとせしかと思ひつつお堀の端をつらつら歩きぬ
ごおといふ低きエンジンの音聞え思はずも空を見上げたるかな

自らの尊きものに捧げたる我が御祖らの御命尊し
御祖らの尊き御命重ねられ來しこの國に我ら生きてあり
御祖らの心に恥ぢぬ國民となりて國がら守りて行かめや